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日野市の大仏さまのあるお寺 ② [神社仏閣]

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山号:大久山 

寺号:善生寺
法華宗陣門流
法華宗総本山本成寺末寺
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大久山と号し、日蓮宗、本成寺(新潟県三条市)末である。当寺は正保二年(一六四五)、穎主であった旗本大久保勘三郎忠良が、前年(寛永二十一年[一六四四]二月二十一日)、亡くした息女善生院殿妙蓮の追福のために建立、妙蓮を開基とする。開山は忍性院日是(寛文八年[一六六八]六月七日寂)である。爾来大久保家の菩提寺として、妙蓮冥福のため年々米三十俵ずつ寄進があった。
 寺域は豊田の旧家山口平左衛門が、同寺建立の際大久保家に献じた地といい、現在の境内は六百九十三坪である。
 伽藍はかつて本堂・庫裡・山門を配置していたが、山門・庫裡は朽損のため、明治初年取り潰され、本堂のみが残された。南東向き瓦葺きで間口六間・奥行七間半、本尊は十界勧請の曼荼羅で、仏壇中央には日蓮上人の木像を安置している。また左側仏壇上には明治年間廃堂となった豊田薬師堂(東豊田)の本尊薬師如来木彫の坐像高さ約一尺および十二神将が安置されている。東の庵室には観世音菩薩立像高さ一尺二寸を安置する。
 戦後、書院・庫裡・鐘楼の造営が行われ、昭和四十八年に落慶した。さらに同年一篤志家の寄進によって重さ二百四十八貫(九三〇キログラム)の梵鐘一口が懸吊された。これに加えて寺苑に巨岩を配し、浄池を開いて、荒廃の甚だしかった寺観も一新された。
なお本堂には慶安元年(一六四八)八月十三日大久保氏が亡父忠勝菩提のために鋳た、半鐘一口を懸けている。

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日野七福神 大黒天
善生寺は日野市で唯一の法華宗のお寺です。正保2年(1645)、豊田村の領主であった旗本大久保勘三郎忠良が、前年22歳で亡くした息女善生院殿妙蓮の追福のために、大久保一族が信仰していた法華宗総本山本成寺(新潟県三条市)の末寺として開創しました。寺域690坪余は当地の有力者、山口氏が建立の際、寄進したものであるといわれています。
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「子宝大黒天」と尊称されています

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